浅葱さんのブログ

ええ、以前はぷらしのすとか言っていましたよ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

年末に見た海外のハルヒ消失のレビューを訳してみる

ふと思い立って、年末にみた「涼宮ハルヒの消失」のレビューを翻訳してみる。
Railgunfan75's Geek Blog: The Disappearance of Haruhi Suzumiya- A Sequel Which is Just Awesome as the Original
http://wp.me/p4msCo-fj
仕事の文章じゃないから意訳してる。誤訳もあるかもしれません。特に許可とか取ってないのでまずかったら消すかも。
メリークリスマス! わたくしRailgunfan75は冬休み特別企画としてアニメ映画レビューをします! 2015年の締めくくりとして、アニメ映画をとりあげるのがこのブログにふさわしいと決めたのです。 今日(2015年12月28日)から12月31日まで、いくつかのアニメ映画が2016年に時間をかけてみる価値があるかどうかを論じます。

ある映画がテレビアニメのよい続編になるだけでなく、魔法のようにその意味を反転させてしまい、しかも元のテレビ版を補って完成させるような役割になるということが時折あります。しかもこのクリスマス休暇の季節にあった古典的な発想の筋書の古典的映画、これはあなたがアニメファンであれば必見といえるでしょう。このレビューの対象は、涼宮ハルヒの消失です。

筋書

クリスマスが近づく中、ハルヒやSOS団員たちはクリスマスパーティの準備をしていました。パーティを企画してわれらが主人公、キョンを振り回しているのはハルヒです。ある日、キョンが目覚めると世界は変貌していました。ハルヒはどこにもいないし、SOS団も存在せず、団員たちはただの一般人です。そして誰一人ハルヒやSOS団を覚えていないのです。そして物語はキョンが元の世界に帰ろうとする試みを描きます。キョンはついに自覚します、彼がかつて逃げ出したいと願った世界は、いまや彼が戻りたいと願う世界なのです。

感想

この映画は本当に考察しがいのある映画です。テレビアニメの劇場版は、たいていはテレビ版の延長のような雰囲気です。そんな映画の観客はたいてい、そんな映画にどの程度のものが期待できるかを知っています。しかしこの映画の物語は、テレビアニメとは大いに違っています。古典的なハルヒ的な(たぶんn快活な)シーンもいくらか見られますが、しかし全体の雰囲気はとってもシリアスなのです。

大きな変化がみられるのはキャラクターです。SOS団員全員が登場しますが、一部はテレビアニメより出番が増えます。表題に涼宮ハルヒとありますが、映画の大半ではハルヒが登場しません。そのかわり、物語はキョンと長門有希を中心に進み、これが実によくできているのです。この映画では物語の進行につれて、二人とも驚くべき性格の変容をみせます。

キョンは(世界の変容という)とても衝撃的な経験をするわけですが、彼の反応は、テレビアニメや映画冒頭の独白の調子を思えば、とても驚くべきものです。キョンが(わがままな)ハルヒのいない世界に歓喜したとしても納得できるでしょう。しかしそのかわり、彼はハルヒや他のSOS団員たちを必死に探すのです。彼は自ら驚いてさえいます。私はキョンをこう使ったことが本当によかったと思います。より劇的になるだけではなくて、キョンの成長が描かれることになるからです。彼は彼のまわりの事物を前向きにとらえるようになり、すこしは物事を楽しみ始めるのです。テレビ版での彼の斜に構えた視点は面白かったけれど、キョンが心を開いて、周りに発生する事件を楽しむのを見るのもいいものです。ぼくらは大概、自分自身の周りで発生する滑稽を楽しむものだからです。キャラクターについて最後にいっておくべきことは、いつものキョンのナレーションがよくはまっているということです。ナレーションは彼のキャラクターの中核にあって、それなしではキャラクターがほんとうに平板になってしまうでしょう。

有希については、テレビ版と正反対のキャラクターをみなさんは目にすることになります。そういうと残念な感じかなと思われるかもしれませんが、そうではありません。実際には、これほどのキャラクターの根本的な変化をみるのは新鮮なものです。この変化が良いのは、どちらの長門もそれぞれに好ましいからです。元の無口な長門は、その無感情ぶりがテレビアニメにユーモアを添えていたので楽しかったのです。新しい長門は魅力的で、テレビ版にはなかった感情的な重みを作品に添えています。そのせいでキョンの決断はより難しくなっただけではなく、観衆にも、いったいどちらの世界が良かったのかと改めて考えさせます。世界を元に戻すという決断は一抹の悲しさを伴っていますが、それは新しい世界での彼女のキャラクターが惜しいためです。これは大いなる決断で、だからこそ長門のキャラクターに新たな視点が加わるのです。

物語の展開はこの映画のもうひとつの長所です。個別の要素ひとつひとつが素晴らしいだけではなく、映画のテンポ感がいいのです。2時間半以上もの長さの映画に観衆を没頭させ続けることは、たやすいことではありませんが、この映画はそれを見事に成し遂げています。物語がテレビ版を前提にしているところは数多く、それはテレビ版を見ている人には最高だけれど、見ていない人にはよくわからないでしょう。観衆として想定されているのはテレビ版のファンだけれども、そのことに気づくのはテレビ版を既に見ているばあいだけです。そんなことはともかく、物語はほんとに必見のすばらしいものです。この映画は登場人物たち特にキョンにとってとてもイージーに書かれています〔ちょっと意味は通らんけど次文とあわせて冒頭のことかな〕。映画のはじめの心地よいタッチが、キョンの毎日を思いださせてくれます。これは原作の設定になかったものだけど秀逸な追加で、その後のキョンの体験に重みを持たせてくれます。映画の終わりも快活な調子で終わり、物語の事件の影響を少しだけ見せてくれます〔長門の図書館シーン?〕。これも楽しいもので、この事件が性格をどのように変えたかをみせてくれます。こういう描写はどの映画にもあるものではなく、もっと見たいものです。

みなさんの期待にたがわず、作画やサウンドトラックはただただ驚嘆すべきものです。この映画は数年前のものですが、今日の基準で見ても魅力的な作画です。サウンドトラックはこの映画に少し物悲しい雰囲気を与えるのにいい仕事をしています。

まとめていうと、涼宮ハルヒの消失はすぐれた映画です。この映画は力強い物語を語りますし、キャラクターの成長も興味深く、そしてとっても考えさせるものです。この映画を最大に楽しむためにはあらかじめテレビ版を見ておく必要がありますが、しかしそんなことはこの映画の価値を損ないません。この映画はゴールドランクとして購入をお勧めします。この映画は確かにあなたの時間をかける価値があります。みなさんが見てくださることを希望します。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://prasinos.blog2.fc2.com/tb.php/799-2c3efec6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。